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【太秦】カッコ悪い死に方をした人 三選

 太秦教室

JUGEMテーマ:教育

 どうも!

 社会科担当の白木です!

 

 

 みなさん、歴史上の人物の死因で印象に残っているものってありますか?

 

 例えば「織田信長部下に裏切られる」「坂本龍馬志半ばで暗殺」とかなら知っている人は多いのではないでしょうか?

 

 しかし歴史上には皆さんも想像しえないような、カッコ悪い死に方をした人がいます。。

 

 早速いきましょう!

 

 

 

 徳川家康 

 

 死因天ぷらの食べ過ぎ

 

 いや、天ぷらの食べ過ぎ?って思いますよね?

 

 意味わからないでよね?

 

 当時、油は貴重品で天ぷらは非常に珍しい食べ物でした。

 

 その天ぷらを一口食べた家康はその味のとりこになりました。

 

 そして天ぷらを食べ過ぎた結果、高齢だった家康は大量の油で消化不良を起こし亡くなってしまったというものです。。

 

 天ぷら。。怖いですね。。

 

 でもみなさんは若いので多分大丈夫です!(笑)

 

 

 

 

 

 四条天皇

 

 死因仕掛けたいたずらに自分がかかって死亡

 

 鎌倉時代第82代天皇2歳で即位しました。

 

 天皇とはいえまだ幼く、いたずら好きの子供でした。

 

 廊下にツルツルすべる石をまいて、屋敷の人達を転ばしてやろうと企みます。

 

 しかし誰も引っかからず。。(幼い子のしようとしていることなんて大体見破られます(笑))

 

 帰ろうとしたときに自分の仕掛けた石に引っかかって転び、その際に頭の打ちどころが悪くそのまま亡くなってしまったようです。。

 

 享年12歳。

 

 うーん。可哀想なのか、自業自得なのか。。

 

 みんな、危ないいたずらはやめようね!

 

 

 源頼朝

 

 死因落馬

 

 鎌倉時代に成立した歴史書である吾妻鏡(高校で習うよ!重要単語なのでチェック!)によると、

 

 頼朝は相模川にかけられた橋の落成供養に出席した帰りに落馬し、死亡の要因になったと書かれています。

 

 いや、落馬は仕方ないだろうと思いますよね?

 

 ただここで問題なのは源頼朝は「武士の棟梁(親玉)」であるということ。

 

 御家人(御恩と奉公の関係覚えているかな?)は「棟梁なのに落馬するなんてダサい。」と心の中で思ったでしょう。

 

 これは学校の先生が生徒の質問に答えられないくらい、「その道に生きる者」として恥ずかしいことなんです!

 

 

 

 

 

 実はここからが本題

 

 

 さて、ここまで見て来て皆さんは彼らの死に方をどう思いますか?

 

 「うわ、だっさ(笑)」「こんな死に方は嫌だ」「うける(笑)」

 

 否定的な意見が多いですね(笑)

 

 

 

 

 しかし考えることはそれだけでいいのでしょうか?

 

 

 

 

 ここで「ここまでの地位の人が、こんなダサい死に方を記録されるはずがない」と考えるあなた。。。

 

 

 

 かなりセンス高いです!

 

 

 先述の徳川家康日光東照宮に神として祀られているように、彼らは「神格化」され新しい時代のしがらみにもなりかねない存在です。

 

 

 

 新しい指導者達が、そんな「神格化」された彼らを貶(おとし)めるために「カッコ悪い死に方」をわざわざ記録させたのだとしたら。。。

 

 

 歴史を教えていながら言うのも変ですが、僕も学校の先生も何百年前に生きていたわけではない。

 

 ましてやその場に居合わせてもいません。

 

 教科書の歴史には「事実とは違うこと」が残念ながら、おそらく含まれています。

 

 たまに「これは本当のことだろうか?」と疑ってみてください。≒批判的な目を持つ

 

 歴史がもっと面白くなります!

 

 そしてあなたの人生をより豊かにしてくれるはずです!

 

 

 ではでは!

 社会科担当の白木でした!

 

 

 

 

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