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【日本史】日本に平和を齎した人 徳川家康(後編)

 太秦教室

JUGEMテーマ:学問・学校

タイトルの「齎す」は読めますか?

タイトルの「齎す」読めましたでしょうか?

これは「もたらす」と読み、「ある状態を実現させる」という意味を持っています。

このくだり半年ぶりですね!この漢字覚えていましたか?

 

漢字も歴史も復習が大事!

お久しぶりです。

どうも、太秦教室の社会科担当の白木です!

 

前編では、徳川家康が天下を獲るまでを見ていきました。

今回の後編では、天下を獲った後の家康が、どのようにして260年続く江戸幕府の礎を築いたのか?について見ていきましょう!

徳川家康

徳川家康が行った2つの政策

家康が幕府のために行った政策は、大きく2つ挙げられます!

【徳川家康の政策(1)】朱印船貿易

1つ目は朱印船貿易です。

 

家康は、近隣諸国との友好的な外交に取り組み、大名に「朱印状」という許可証を与えることによって貿易を幕府で管理しました。

これが「朱印船貿易」です。

これによって中国の生糸や絹織物が届き、東南アジア(どこにあるかわかるかな?)には貿易で来ていた日本人が日本町を作り、自治を行いました。

 

江戸時代の貿易といえば、皆さんは「鎖国」のイメージがありませんでしたか?

しかし、江戸時代の初期にはこの 朱印船貿易によって、幕府は運営管理するための資金を得ていた のです!

 

この後みなさんもご存知の通り(知らない!?)、 スペインやポルトガルなどによる欧米からキリスト教の圧力が強くなり、三代目将軍・徳川家光の時代には、日本は完全に鎖国 してしまいます。

【徳川家康の政策(2)】武家諸法度の制定

2つ目は武家諸法度の制定です。

 

皆さんは「何々をしてはいけません」という時に「何々をすることは法度です。」という言葉を使われたことは有りませんか?

この「法度」という言葉は、この武家諸法度から来ています!

 

この武家諸法度の狙いは、政権の安定と維持

つまり、各地の大名たちが幕府に歯向かわないように、大名たちに対する禁止事項を定めたものです。

 

有名なものを挙げてみます。

武家諸法度(一部)
  • 文武弓馬の道、専ら相嗜むこと
    大名は学問と武芸を鍛練しなさい、という意味です。
  • 「諸国の居城、修補をなすと雖、必ず言上すべし。況んや新儀の構営堅く停止せしむる事」
    新たな城の築城、幕府の許可なして居城を修理することを禁止しました。
    この武家諸法度が出される1か月前に、幕府は「一国一城令」(現代風に言うと1つの県に1つの庁しか作ってはいけないという意味)も発令しており、大名の軍事力を減らしていきました。
  • 「私に婚姻を締ぶべからざる事」
    幕府の許可なく、大名同士の政略結婚は禁止しました。
    結婚により大名同士が連帯を深め、幕府の脅威となる反対勢力になっては困るからです。

これらを定めた武家諸法度に違反した大名は、「領地替え」や「改易(領地を没収されること)」されていきました(福島正則・小早川秀秋・本多正純など)。

解雇

(改易される大名の図<現代イメージ>)

 

徳川家康のまとめ

徳川家康の前編・後編は、いかがだったでしょうか?

みなさんは、徳川家康にどんなイメージを持ちましたか?

 

僕は彼を「基本に忠実な人」だと思いました。

ライバルをやっつける際にその場のひらめきでなく、資金力や軍事力を地道に削いでいき自分に有利な状況にする姿勢。

政権を得た後も、自分の力に驕ることなく、足場を固め、家臣が反抗しないようなルール作りを徹底しました。

 

受験生の人には、ぜひお手本にしていただきたい生き方ですね(笑)

 

男性講師

過去の成功者から成功に至るマインドを学べるのも、歴史を学ぶ大きな意義です。

みなさんも気になる歴史上の人物がいたら、彼らの人生や考え方に思いを馳せてみてください!

 

次回もお楽しみに!

 

社会科担当:白木