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【夏期イベント】中3対象地理講座パート2@茨木教室

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地理講座も2日目になりました。

 

 

 

 

昨日の図説の基本要項を頭に入れた状態で、

いよいよアウトプットの時間です。

 

 

 

 

前日はかなりの語彙数を無理矢理、頭に詰め込んだ感もありましたが、

みんなドンドン書き進めてくれました。

 

 

ロシアのクレムリンは旧ソ連時代の象徴となった宮殿のことでした。

(画像はウィキペディアよりお借りしています。)

 

 

 

 

アメリカ合衆国・カナダを縦断してアラスカまで続く山脈は

ロッキー山脈でした。

(画像はウィキペディアよりお借りしています。)

 

 

実際に、絵で見て覚えていたものはドンドン答えを書けますね。

 

 

 

字で覚えてもすぐに忘れて、記憶がどこかへ行っちゃうという人は、

図説を見ながら知識を整理すると効率よく覚えれますよ。

 

 

2日間で、地理を駆け足ですすめましたが、

受講してくれた子たちの反応は良かったです。

 

H先生の5分、4分刻みで

ドンドン回答していくスパルタ授業でした。

 

特に、東雲中学校は8/26に実力テストが控えているので、

覚えた知識をそのまますぐ使えますね。

 

ぜひ、今日覚えたこと・アウトプットした内容を

復習しておいてくださいね。

 

 

 

この記事は、おおたが書きました。


【夏期イベント】中3対象地理講座パート1@茨木教室

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地理の学習と聞いて、どのようなイメージを持ちますか?

 

 

山脈や盆地、土地で採れる作物などを覚える科目のイメージではないでしょうか。

 

 

イメージは持っていただくとして、それに文化や気候などの条件をくっつけて覚えていければ、

単純作業に思える地理も面白くなるのではないかと考えたのが、夏の地理イベントでした。

 

 

例えば、アフリカ州の話の場合、

お茶が有名ですよね。

 

それはなぜかというと

植民地時代にヨーロッパ人たちがアフリカ人を労働者として用いて、

プランテーション(大農園)農業をおこないました。

お茶の他には、綿花なども栽培されました。

 

 

 

また、関東地方の話だと、

「群馬県と言えば?」ー「富岡製糸場!」

といったように、連想して、都道府県の特徴をつかむのも勉強の基本ですね。

 

 

 

テンポよく、1日目は世界と日本の基本事項をイメージと図説で関連付けながら

暗記していきました。

 

3時間のイベントでしたが、いつも土日に6時間のテストキャンプに参加している生徒たちでしたので、

もう終わったの?という雰囲気で、そのまま自習をして帰る生徒もおりました。

 

翌日は、暗記した内容を問題形式でドンドン定着させていきます。

タイムトライアルなので、ガンガンに回答してもらいます。

 

お楽しみに!!

 

 

この記事は、おおたが書きました。

 

 


【夏期イベント】茨木・南茨木合同開催、中3対象歴史講座パート2

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本日はお盆明けイベントです。

 

先週、8/10(土)は茨木教室にて開催いたしましたが、

今回は南茨木教室にて開催いたしました。

 

私や講師にとっては馴染みの南茨木教室でしたが、

生徒にとっては初めての南茨木デビューでしたから、

私も心配で駅前のロータリーで20分ほど、

サンチャイルドを眺めながら生徒がおりてくるのを待っていました。

 

(茨木チャンネルさんより画像をお借りしています。)

 

 

無事に降りてきてくれた子たちにうちわを渡して教室へ案内しました。

 

では、授業の話へ・・・

 

 

 

本日も前回同様、H先生の面白い歴史のなるほど話が聞けるとわくわくしていました。

 

期待を裏切らない、H先生はさすがです。

 

今回は江戸以降の話を一気に3時間で解説していただきます。

 

 

 

 

関ケ原の戦いで敗れた西軍が、次の日から東軍と仲良くしなければならなかった背景や

その当時の西軍の葛藤の様子を説明してくれました。

 

 

 

私もあまり歴史には詳しくなかったのですが、

こうやって教わると入試で問われてもずっと記憶に残るので、

自分が中3の時にこういう授業が受けたかったなぁ〜とひたすらうらやましい気持ちになりました。

 

 

南茨木教室にすっかりなじんだうちの子たち、

解説と問題の間、分からないことがあるとヒントを出してもらったり、

質問したりとなかなかアグレッシブな授業でした。

 

東雲中学校は夏休み明けすぐに第2回実力テストが控えているので、

この授業の内容をしっかりと理解して復習しておいてほしいと思います。

 

 

 

この記事は、おおたが書きました。


【夏期イベント】茨木・南茨木合同開催、中3対象歴史講座パート1

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本日は、中3受験生向けのお盆直前イベントとして、

歴史特訓講座(パート1)を開催中です。

 

 

歴史を学習していて、生徒が難しいと感じる点が3つあります。

 

1.時代が分からない(前後関係の把握も含めて)

2.年号が覚えれない(大事なものとそうでないものの区別がついていない)

3.登場人物の人間関係が分かりにくい(戦で勝った負けた、もともと仲が悪かったのか等)

 

1と2はテキストを時間をかけてしっかりと

記憶の底に焼き付ければ、マスターできますが、

3の登場人物の人間関係が分かりやすさは、

学校の先生の説明にも差がみられるようです。

 

 

 

分かりやすい先生だと、ドンドン引き込まれて

ストーリーまるごと自分の知識になってテストの時にも

思い出せるようになります。

 

 

 

この写真の場面は、ちょうど「大化の改新」の背景について説明していたところです。

 

 

年号は、645年(ムシゴハン=蒸しご飯、めでたいから)。

蘇我氏と中大兄皇子・中臣鎌足の関係図について、

おもしろく説明してくれました。

(さすがH先生!歴史が専門なので、面白い裏話をいっぱいご存知です!)

 

 

撮影しながら思わず笑ってしまいました。

 

 

「皇子」って何のことかわかる?

ーーー天皇の子どもっていう意味やねんで。(へぇ〜〜)

(字のままですけど、、、テスト前は名前を覚えるのに必死で、そこまで気が回っていなかった様子。)

 

 

そういうやり取りがあるのも集団イベントらしいですね。

しっかり覚えて帰ってね。

 

 

あっという間に3時間イベントが終わっちゃいそうです。

 

 

次回は、8/17(土)14時〜 南茨木教室でパート2合同開催になります。

どうぞお楽しみに!

 

 

この記事は、おおたが書きました。


【中3公民定期テスト対策】日本国憲法でよく出される穴埋め問題

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日本国憲法の穴埋め問題、学校によってはたくさん問題を出される場合もありますので、確認しておきましょう。

日本国旗

 

日本国憲法

第一条

天皇は、日本国の(1)であり日本国民統合の(2)であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

第三条

天皇のに(2)に関するすべての行為には、(3)を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。

第四条

天皇は、この憲法の定める(4)のみを行ひ、国政に関する(5)を有しない。

第六条

天皇は、(6)の氏名に基いて、内閣総理大臣を任命する。

第九条

1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする(7)を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の(8)権は、これを認めない。

第十一条

国民は、すべての(9)(10)を妨げられない。

この憲法が国民に保障する基本的人権は、(11)の権利として、現在および将来の国民に与へられる。

第十二条

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の(12)によつて、これを保持しなければならない。

又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に(13)のためにこれを利用する責任を負ふ。

第十三条

すべて国民は、(14)として尊重される。生命、自由及び(15)に対する国民の権利については、公共の福祉を反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第十四条

すべての国民は、(16)であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的または社会的関係において、差別されない。

第二十五条

すべて国民は、(17)を有する。

第二十六条

2. すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に(18)を受けさせる義務を負ふ。(19)は、これを無償とする。

第九十七条

この憲法が日本国に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる(20)の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、(21)の権利として信託されたものである。

 

男性講師

それではみなさん定期テスト頑張ってくださいね。

 

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この記事はたきもとが書きました。


【中3歴史】主義でまとめる第二次世界大戦

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世界大戦への流れは前回まとめました。

今回は、各国がどのような考えを持って行動していたのかが分かるように、それぞれの主義について紹介していきたいと思います。

ただし、ここについては色々な人たちが、様々な視点で主張しています。教科書でも、立場を濁すような書き方になっています。正解と言うよりは、理解しやすいものを目指して書いていきたいと思います。

 

自由主義と共産主義とファシズム

ファシズム(枢軸国側)

 

「みんなで国のために団結しよう」という国家第一主義とでも言えば分かりやすいと思います。(定義が複数あるのでふわっとせざるを得ないのが悲しい)

強力なリーダーがいて、国家のために皆が尽くす社会を目指します。個人主義の否定や、言論弾圧を行います。

共産主義も敵視しています。

 

ファシズム(全体主義)は、国家の元に平等を保障します。

国が豊かになれば国民も豊かになるという考えです。

共産主義に近いような気もしますが共産主義を敵視し、ソ連とも敵対しています。

 

また、国家のためであれば暴力(戦争行為)も厭わないとしています。

 

イタリア

ファシズムの生みの親はイタリアです。

そのファシズムの流れを持つ政党がファシスト党です。

ムッソリーニ率いる政党で、戦後の混乱の中、国民の支持を受けて成長していきます。

その後の世界恐慌の結果、ブロック経済が行われている中で、植民地を得るべくエチオピアを侵略します。

第二次世界大戦へは、ドイツが優勢であることを確認してから参戦しています。

 

ムッソリーニ

ムッソリーニは超やる気の人。他の人たちには第一次世界大戦の影響で、戦争は1949年まで無理ですといわれたのに、10年早く始めてしまいます。結果、軍部のやる気は全然ありませんでした。

第二次世界大戦への参加も、ドイツとフランスが直接的にやり合っている最中に漁夫の利を得ようとして失敗し、その後もぱっとしません。

 

イタリア軍

よくヘタレとネタにされます。

戦争できないって言っているのに政治家が勝手に戦争が始めれば、そら武器は欠陥品が多くなってしまいますよね。

中でもイタリアの赤い悪魔と呼ばれた、いつ爆発するか分からない手榴弾は敵味方問わずビビらせていました。

結局ドイツ頼みになってさっさと降伏します。

ドイツ

第二次世界大戦って結局、ドイツVS世界ってイメージでOKです。イタリアは頼れないし、日本は遠いし。

ナチ党

ドイツの政党です。演説の天才ヒトラー率いるナチスですね。

ちなみにヒトラーは第一次世界大戦後に、一度政権を取り損ねて国家反逆罪で捕まっています。

その時に書いたのが「我が闘争」です。

ナチスの主張は非常にわかりやすいです。

アーリア人(ドイツ人)が世界で最も優秀だ。その我々がなぜ、ここまで苦しむのか?先の大戦の理不尽な要求のせいだ。悪いのは奴らだ。我々ではない。優秀な我々が世界を我々が統べるのだ。アーリア人最高!!的な感じです。

そのため他の民族に対しては、差別が非常に強く行われました。

ドイツ軍

機甲師団(戦車などの機械科軍団)を用いた機動戦術で、各個撃破をくりかえしていました。

恐るべき進撃速度で、フランスのパリまで大した抵抗を許さず、無血陥落させました。

しかし、ソ連侵攻時には進撃が遅れ、スターリングラードでソ連の冬に敗北しました。

その後は挟み撃ちにされ、疲弊し、すり潰されることになります。

 

ルパン契い使っているワルサーp38、実はWW兇虜△離疋ぅ跳海寮擬虻陵兔董

 

日本

実はこの頃の日本の主義は、教科書に明確な記載をされていない場合があります。戦時体制と書かれていることが多いですが、陣営としては枢軸国側ですので、一応ファシズム内での紹介としています。

対外政策に関して言うと、恐慌により経済が混乱した結果、その打開のために対外侵略が望まれ、軍部が実行し、政府がそれに対し、何とか折り合いをつけようとしていました。

満州事変として形に現れた後も、しばらくは内閣制度を維持していましたが、五・一五事件で犬養毅が海軍将校に暗殺され、政党内閣制度が事実上終了します。さらに二・二六事件で陸軍将校が大臣を殺傷し東京中心部を制圧し、軍の政治発言力が高まります。

これにより、軍部の人間が政府の重役についたりする状況ができあがるわけですね。

自由主義(連合国側)

政治的自由や、経済的自由など、個人の権利を重視しています。

ファシズムのように、強力なリーダーの元に政治があるのではなく、民主的に政治が行われます。

資本主義(自由市場)

資本主義社会では全てが商品になります。

基本的には工場などを持つ資本家が労働力を買い、商品を作成し販売しています。

需要と供給のバランスによって商品の価値が変動するため、好景気、不景気という状態が存在し、極端に不景気になった場合、恐慌と呼ばれます。

アメリカが発端となった世界恐慌を受けて、植民地と優先的に取引をする、ブロック経済圏を作っていた国々が多いです。

フランス

当時、植民地を多く持っていた国です。

第二次世界大戦中は、他国の防衛で主力を展開して敗北、イギリスに逃げ込んでいる間にパリが陥落していました。

その後アメリカのオーバーロード作戦(ノルマンディ上陸作戦もこの一部)によりパリを奪還してもらいます。

イギリス

フランスと同じく、植民地を多く持っていた国です。

チャーチルは第二次世界大戦前からずっとドイツを警戒するべきと言い続けていたそうですが、国としてはそこまで対策は行っていなかったようです。ドイツが軍備補強している状態でも、軍縮を進め、その結果、イギリスは抑止力になることができませんでした。

アメリカ

世界恐慌に対し、ニューディール政策を実施。内部の需要を上げようとします。

第二次世界大戦では途中までは中立国。と言いつつ武器は連合国側に貸します。中立とは一体?

その後、結局参戦。

共産主義(連合国側)

完全な平等を掲げている主義です。

共産主義の国は世界恐慌でダメージを受けませんでした。

恐慌は好景気から不景気に急激に変わることです。

好景気、不景気はいわば物価の変動ですが、共産主義では、物価は国が決めます。つまり物価の変動など起こりえないのです。

当時、さまざまな国に共産主義の考え方が広まっていました。

ソビエト社会主義共和国連邦

共産主義の国。

ソ連が世界恐慌の影響を受けなかったもうひとつの理由があり、それが五か年計画という経済政策です。

五か年計画とは、計画的な生産のことです。

社会主義の特徴は平等。つまり、国民一人に対し必要な食べ物の量などは管理することが出来るのです。

自給自足が成り立っていれば、貿易の影響は受けにくくなりますよね。

五カ年計画による、計画的生産の結果、恐慌中もソ連は経済成長を続け工業力世界2位に躍り出ます。

第二次世界大戦では、スターリンの名を冠したスターリングラードでドイツ軍を撃破します。

 

 

 

深掘りすると、もっとややこしい話しがいっぱい出てくるのが第二次世界大戦ですが、ファシズム、共産主義、自由主義についてはイメージをつかめたのではないでしょうか。歴史では大まかな流れや、イメージから細かい単語は覚えていくと良いですよ。

 

 

この記事はたきもとが書きました


【中3歴史】期末に向けた歴史の流れの確認(WWI〜WWII)

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今回は期末テストに向けて、WWI(第一次世界大戦)からWWII(第二次世界大戦)について分かりやすいように多少脚色して解説します。

教科書では世界恐慌についてはあっさりと、そこからWW2までは色々と書かれているのですが、補完しつつ、省いてWWI(第一次世界大戦)からの流れを踏まえてWWIIまでを説明します。流れのみなので、ほぼ、人物名、年は出てきません。そういうのは教科書で見てね。

社会では、流れを一通り分かった上で、詳細を詰めていくやり方をお勧めしています。

まずは流れを入れてしまいましょう。

WWIで知っていると流れが分かりやすいこと

WWIの舞台は欧州本土で、欧州は戦勝国含め、どの国も疲弊した。

(総力戦を行うと内政がボロボロになる)

 

敗戦国のドイツは実質死刑宣告を食らった。

(多額の賠償金に加え、植民地と領土の一部を失い、お金を払う当てが無い)

 

イタリアは開戦直前に三国同盟を裏切って戦勝国になったが十分な補填がもらえなかった。

(戦争で疲弊しただけ)

 

日本も直接的な関係はほぼ無し。得はしていた。

(日英同盟を理由に参戦。中国に21カ条の要求。)

 

アメリカの一人勝ち!!

(ヨーロッパに大量の物資を流した。後にドイツの輸送船誤射を理由に三国協商側で参戦。)

 

世界恐慌までの流れ

一人勝ちのアメリカ

欧州との間には大西洋があるため、直接戦火に巻き込まれることのなかったアメリカは、ヨーロッパ諸国に比べると被害は小さかった。

それだけでなく、戦争特需にかこつけて大量生産を行い、それを外国に売ることで、経済活動で儲けまくっていた。

世界大戦はアメリカの助力で三国協商側の勝利に終わったが、そのあとも、欧州の国々は戦火のため、内政(第一次産業、第二次産業)がぼろぼろになっており、アメリカの商品は売れ続けた。

WWIにより、アメリカは経済が急速に発展し、「永遠の繁栄」と調子に乗ったのだった。

 

戦争からの復興

年月がたち戦火の傷跡も治り、欧州の国々はアメリカの商品を買わなくても大丈夫になっていった。戦争特需の終了である。

しかしアメリカは調子に乗っていたので、気がついたころには在庫の山が出来上がる。

当然、大量生産して全く売れなければ作った分だけ損をする。それによりアメリカ経済は悪化。さらに調子の良かったアメリカにお金を出していた出資者(株主)たちも手を引き、銀行がつぶれ、会社がどんどん倒産するという事態になった。

戦争からの復興がアメリカ経済を破綻させた。

 

世界恐慌

調子に乗っていたアメリカは、実際世界に対する影響力も大きかったため、経済不況はアメリカだけにとどまらなかった。

景気が良く出費しまくっていた国が、急に物を買わなくなれば当然、アメリカに物が売れなくなって不況になる国が出てくる。

お金を借りていた国も多く、急に貸してくれなくなって困った国も出てくる。

特にドイツは賠償金をアメリカに借金して払っていたため、賠償金をもらっていた国も困ってしまった。

経済不況の連鎖。これが世界恐慌である。

 

※恐慌とは急激に好景気から不景気に変わること。資本主義にはつきものとされている。社会主義には関係がない。物価を決めるのは国だから。

 

※ドイツの賠償金をもらえなかったフランスはドイツの工業地帯を占領し、金を払えと言っていた。いや無理言うな。

 

第二次世界大戦への流れ

ブロック経済

恐慌に対し、アメリカは外国に売りまくるのではなく、国内での産業に注力した。貿易は一方的に儲けを得られるところとしかしなくなった。世界恐慌のさなか、自国が助かる道を模索するのである。

この動きに対し、植民地を持つイギリスやフランスのような国々も同じような政策を取った。植民地以外との貿易に多額の関税をかけるのである。

自分だけが助かれば良い。自身の国と関係のある国とだけ経済的なやり取りをしよう。

これがブロック経済である。

 

しかし、これに対して困った国々がある。

植民地をあまり持たない国々である。

 

先の大戦で植民地を奪われたドイツ

裏切りの戦勝国イタリア

出遅れの日本

 

これらの国々は他の国と思うような貿易が出来ず、疲弊するしか道が無くなったのである。

その結果、植民地獲得の動きを見せることとなる。

第二次世界大戦(太平洋戦争)へ

戦争への流れは次の三つ

 

日本の満州占領

ドイツの東方進出(旧領土回復)

イタリアのエチオピア(アフリカの国)侵略

 

日本は、満州でもめて日中戦争に発展し、口を出してきたアメリカを攻撃、アジア・太平洋戦争へと発展する。

ドイツの侵攻は凄まじく、WW1で奪われた旧領(ポーランド内にある)を取り返すだけにとどまらず、東欧を手中に収めようとした。イギリス、フランスが宣戦布告し、第二次世界大戦が始まる。

 

というわけで、第二次世界大戦がはじまるまでの流れでした。あれ?イタリアは?

本当はもっとややこしいやりとりもあるのですが、流れのみなのでこんな感じです。

 

喋りだったらもっと面白おかしくできる自身があるんですが、文章だと難しいですね。

あと、第二次世界大戦でまとめるとしたら、資本主義、社会主義、ファシズムの流れですかね。

日中戦争の流れを詳しくってのもありかもしれません。また次回に。

 

この記事は瀧本が書きました。


【太秦】中二病には歴史を変える力がある!?中二病をこじらせた歴史上の人物

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 どうも!

 太秦教室社会科担当の白木です!

 

 

 このブログを見てくださる方は中高生が多いですよね?

 

 そこで突然ですが、質問です!

 

 「皆さんは中二病ですか?」

 

 恥ずかしがることはありません。

 

 誰もが通る道です。

 

 かくゆう僕も「突然、闇の力を封印した右手がうずいたり」、「第三の目が開きそうになったり」、「夢の中で異世界の街を魔王から救ったりした」ものです。← 黒歴史(笑)

 

 

 講師ですら中二病にかかるこの世界。

 

 歴史上の偉人ももちろん中二病にかかった人はたくさんいます。

 

 ということで今回は中二病にかかった歴史上の人物を振り返っていきましょう!(笑)

 

 

 

 織田信長:自分を「魔王」と名乗ってしまう。

 

 尾張(現在の愛知県)から勢力を興し、日本を統一する一歩手前までいった織田信長さん。

 

 日本の誇るスーパーマンであるこの人も、いい歳して中二病を発症しています(笑)

 

 自分を「第六天魔王」と名乗ってしまうのです。

 

 さて、信長さんの名乗っていた「第六天魔王」とはつまり「人間の欲望」を叶える神様です。(つまり志望校に合格したい・お金持ちになりたい・可愛いあの子と付き合いたいなど「俗っぽい」願い事を叶えてくれる神様。)

 

 

 ところで織田信長が「比叡山を焼き打ち」したことは覚えていますでしょうか?

 

 比叡山は仏教の宗派である「天台宗」(誰が開いた宗派だったかな?)の総本山であります。

 

 その比叡山を信長は自分に従わないからという理由で焼き打ちしてしまうのです。。

 

 「人間の欲望を抑えるべきである」とする仏教を弾圧していく信長は、「人々の欲望の権化」として自らを「第六天魔王」と名乗ったのです。

 

 

 

 

 

直江兼続:「」と書かれた兜を身につけ戦場へ行ってしまう。

 

 中二病を卒業された方。

 

 たまにご自身を振り返って、「なんであんな恰好をしてたんだろう。」と思う時ってありますよね?

 

 思春期の心の尖りは、奇抜なファッションに現れることも往々にしてあります!(笑)

 

 この直江兼続さんもこのパターン(笑)

 

 

兼続さんの兜のイラストが残念ながらありませんでした。代わりに同世代に、兼続さんと同じく奇抜な兜をかぶっていた藤堂高虎さんのイラストをどうぞ

 

 ではなぜ兼続はこんなダサい兜を身に着けていたのでしょうか?

 

 一番有力なのは「武神にあやかった」という説です。

 

 兼続があやかったのは武神の愛宕権現(あたごごんげん)と愛染明王(あいぜんみょうおう)でした。

 

 この二つの武芸に秀でる武神の共通する「」の文字を兜につけたということです。

 

 また兼続の主君であった上杉謙信も武神「毘沙門天」にあやかろうと軍旗に「毘」の文字を入れています。

 

 上杉謙信も直江兼続もそれらの尊敬する武神の加護を受け、戦で大活躍しています!

 

 上杉家にはそのような伝統があるのかもしれないですね!

 

 

 

 

ジャンヌ・ダルク:神のお告げを聞き、祖国フランスを救ってしまう

 

 最後に海外から、ジャンヌ・ダルクを紹介します。

 

 

 基本的に中二病というのはあくまでも妄想であり、叶わないものですよね?

 

 私もそこそこの年月を生きてきましたが、未だに暗黒を纏いし左腕がその力を解き放つことはありません。

 

 一方、このジャンヌ・ダルクは10代の時に抱いた中二病を実現してしまうスゴい人なのです!

 

 

 フランスで農民の子として生まれたジャンヌは、12歳の時に大天使ミカエルから「イングランド軍から祖国を取り戻せ」との啓示を受けます。

 

 フランス皇太子シャルル七世の信頼を勝ち得たジャンヌ(ここら辺の話も面白いよ!)はフランス軍を率いて連戦連勝

 

 見事、かなり劣勢だったイングランドとの戦争から祖国を救います

 

 しかし戦いの最中ジャンヌはイングランド軍に捉えられ、火あぶりの刑という最も残酷な刑に処されてしまうのでした。

 

 

 

 さて「中二病をこじらせた歴史上の人物」いかがだったでしょうか?

 

 錚々(そうそう)たる顔ぶれでしたね!

 

 中二病と言えば聞こえが悪いものの、彼らは見事にそれぞれの道で後世に語り継がれています。

 

 他人と異なることが嫌われる現代で「中二病」でいることは非常に難しいものです。

 

 しかし歴史を変えるのは「中二病」の人です!

 

 

 

 とカッコよく言ったものの、ご両親や周りの人に迷惑をかけているだけの中二病なら即改めてくださいね〜笑

 

 社会科担当白木でした!

 


【太秦】お気に入りの歴史上の人物を見つけよう!

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 どうも!

 太秦教室社会科担当の白木です!

 

 前回は歴史を好きになるためには?という話をしましたね?

 

 そして歴史を好きになるためには「人物を好きになれ!」という結論で締めさせていただいたかと思います。

 

 前編と後編に分けて書かせていただき、それなりのボリューム感はあるのですが一つ説明していなかったところがあります。

 

 それは

 

 

 「どうやって好みの歴史上の人物を見つけるの?」

 

 

 というギモンについてです。

 

 

 そこでどうやって好きな歴史上の人物を見つけていくか、方法をいくつか伝授したいと思います!

 

 

 

 

 ,△訥度覚えている時代の人を調べる

 

 歴史が苦手な人に多いのは、「中学校のスタートだけ頑張ったから飛鳥時代くらいまでは得意!」「最近江戸時代に入ったからそこだけは覚えている!」といったパターン。

 

 であれば

 

 「苦手なら出来るだけ知識のある分野から覚えていこう!」

 

 という方法です。

 

 知識ゼロの状態から蓄えていくのは、苦手なら尚更エネルギーのいる作業です。

 

 しかし知っている時代から学習すると、知識と知識が繋がる「歴史特有の快感」を味わうことができます!

 

 

 

 

 ▲咼献絅▲襪ら入る

 

 歴史上の人物は、やはり歴史に名を残した人物だけあって「クセの強い外見」の人も多くいます(笑)

 

 

 

 

 「めっちゃヒゲ長いやん!」

 

 

 

 

 「すんごい髪が、髪が薄いですね。」

 

 

 「この人タイプ!」

 

 

 こんな風に、何か自分に「刺さる」ところのある外見をもった人物を調べていくのもアリです!

 

 

 

 

 自分に足りない部分を持った人物

 

 僕の経験上、「歴史好きな人」は自分に足りない部分を持った人物にもすごく惹かれていると感じます!

 

 皆さんは自分に足りないものってあったりしますか?

 

 身長とかの話じゃないですよ?(笑)

 

 自分の性格・性質に関わる、足りないものです。

 

 例えば、内気な人は案外積極性のある人物を好きだったりします。

 

 他にも一匹狼的な人が人脈で成功した人に憧れていたりもしますね(笑)

 

 かくいう僕も講師として「カリスマ性」に欠ける部分は自覚しており、日本史ではありませんが「ナポレオン」や「フリードリヒ大王」の生涯や戦績を追っています!

 

 

 

 

 ど畸覆亮分の役割と似ている人を探す。

 

 みなさんは普段友達やクラス・部活でどのようなポジションにいますか?どんな役割を果たしていますか?

 

 皆の先頭に立って引っ張るタイプ先輩と後輩の関係を調整するタイプ群れずに一人でいる一匹狼タイプなど色々ありますよね?

 

 もちろん歴史上の人物もみんながみんな同じような性質ではなく、様々なタイプが存在するものです。

 

 その中で自分と似たような働きやポジションにいる人物に非常にシンパシー」を感じるものです。

 

 数多くいる歴史上の人物に、自分と同じタイプの人を見つけて「この人と僕、何か似てるなぁ」と想像するのも面白いですよ!

 

 

 

 

 ァ´ 銑い泙任納分にあてはまったものがあればYou学舎の先生に相談・あてはまらないものがなくても相談

 

 とにかく相談しよう!(できれば社会科担当の先生に!)

 

 なにか歴史を好きになるためのヒントをくれるはずです!

 

 あなたにピッタリな歴史上の人物、紹介します!

 

 

 以上

 

 社会科担当の白木でした!

 

 

 

 

 

 


【太秦】歴史を好きになる方法 後編

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  どうも!太秦教室社会科担当の白木です!

 

 

 前回の「歴史を好きになる方法 前編」で歴史上の人物にはまっていくことの重要性をこれでもかというほど説いて参りました(笑)

 

 ということでさらに今回も歴史上の人物を好きになることの重要性を懇々と語っていきたいと思います(笑)

 

 

 それでは Ν△梁海

 

 N鮖砲領れが分かる

 

 歴史という物はよく「河」に例えられます。(大河ドラマとかもそうですよね。)

 

 我々の生きている2019年も前の時代からの「流れ」の通過点であり、そして未来の3000・4000年・それ以降へと流されていきます。

 

 だからこそ、歴史を知る上で「流れ」というのは切っても切れないものなのです。

 

 

 

 しかしながら、中高生の皆様は本当にこの「流れ」に弱い!!(笑)

 

 一問一答形式ならばサクッと答えられるものの、「じゃあ何時代?」「時代順に並び替えて」と聞くと全く答えられないのです(涙)

 

 確かにテストで点数を取ろうとしたとき、用語だけかいつまんで覚えるのは手っ取り早いですよね?

 

 しかし勉強のレベルが上がるにつれて出題されるのは後者の問題。

 

 用語などの枝葉末節をいくら覚えても一生社会は得意にならないのです。 

 

 

 

 じゃあどうすればいいんだ!!!

 

 

 

 ここで前回記事△梁海「ハマった人物の生涯を辿る」ことです。

 

 

 例えば「源頼朝」の生涯を辿るとしましょう。

 

 

 

 源義朝の子として生まれる←平安時代の貴族中心の社会から武士が権力を持ち始める

 

      ↓

 

 平治の乱平清盛の全盛期

 

      ↓

 

 伊豆へ流罪になる←のちに鎌倉幕府執権となる北条氏との出会い

 

      ↓

 

 平家を倒すため関東で挙兵←源氏の根拠地は関東、源平の戦いによって「御恩と奉公」の主従関係が生まれる。

 

      ↓

    

 平家を滅ぼし、源義経追討←ここで義経を追討するという名目で守護・地頭を置く

 

      ↓

 

 征夷大将軍に任じられ、鎌倉幕府を開く←ここから鎌倉時代

 

 

 さてどうでしょうか?

 

 ここまでサクッと調べて、平安時代と鎌倉時代の境目が分からない人はなかなかいないでしょう。

 

 加えて、平清盛が鎌倉時代以後に登場することがないのも勿論理解でき、並び替え問題でもかなり有利になりますね?

 

 

 一人の人生を追うだけでここまでいろいろなことがわかるようになるのです!

 

 

 すごくないですか!?笑

 

 

 

 ぐ鬚鼎觴阿剖縮を持てればもはや最強

 

 

 の歴史の流れが分かるでは源頼朝を例に出しました。

 

 この源頼朝を順に調べていく中で、順当に調べればこの人物が様々な人と関わり合っていたということが分かります。

 

 その中で「平清盛」「源義経」「後白河上皇」など関わりが深い人をさらに興味を持って調べていきます。

 

 

 ポイントは一見学習に関係のない逸話も見ていくこと。(なぜなら歴史は「血の通った」科目ですからね(笑))

 

 

 「伊豆に流罪になった際の、清盛と母の逸話」・「弟義経との確執」・「後白河上皇との化かしあい」などを見ていくとさらにそれぞれの人物に愛着が湧き、学習も捗ります!

 

 ここまで調べられるともはや鎌倉時代のことで知らないことはない状態になります!

 

 そこからさらに前の時代、後の時代と興味を広げられると歴史ではどの問題が出ても動じなくなるでしょう。

 

 

 

 今回の記事どうでしたか?

 

 歴史は「人物」から入れ!

 

 納得できましたか?

 

 皆さんも興味のある人物を見つけて歴史をどんどん好きになって下さい!

 

 

 

 社会科担当の白木でした!